九月の半ばを過ぎると、朝の空気の底に、かすかな冷たさが混じりはじめる。日中はまだ汗ばむのに、夜明け前に窓を開けると、虫の声が夏より細く、途切れがちに聞こえる。衣替えの箱を前にして手が止まるように、長く続けてきた関係の前でも、人はふと手を止めるのかもしれない。これから置く三つの場面は、どれも私が思い描いた架空の情景である。

積み立ての口座

恋人と二人で、旅行のために積み立ててきた口座がある。毎月少しずつ入れ、休みを合わせるために仕事を調整し、宿の候補を何度も話し合ってきた。けれど最近は、話すたびに言葉がすれ違う。それでも、ここまで出したお金と手間を思うと、終わりにする気にはなれない。

不満のある関係を想定して判断を尋ねた、Regoらの2018年の研究がある。902人を対象にした実験1では、過去に金銭や努力を投じた条件のほうが、関係を続ける可能性が高まった。

七年目の手帳

別の人は、交際が七年目に入ったことを、手帳の日付で知る。楽しい時間が減ったことには気づいているのに、七年も一緒にいたのだから、もう少し様子を見ようと思う。その「もう少し」は、いつも前より長くなっている。

紐で束ねた古い手紙と、その横に置かれた砂時計

同じ研究の実験2では、275人を対象に、すでに多くの時間を投じた関係ほど、さらに投じようとする時間が増える傾向が報告された。恋愛に限らない時間についての実験研究でも、過去に費やした時間が継続の判断に影響しうることが示されている。ただ、個人の責任感や課題の内容によって結果は変わっており、長く付き合ったという事実だけで、別れにくさが決まるわけではない。

手紙の束

三人目は、荷造りの途中で、昔もらった手紙の束を見つける。今の関係に満たされているとは言いがたい。それでも読み返すと、これを書いてくれた頃の二人を、無駄にしたくないという気持ちが静かに湧いてくる。

秤に載ったもの

三つの場面に共通しているのは、すでに出してしまったお金や手間、すでに過ぎた年月が、これからの判断の秤に載っていることだ。取り戻せない過去の支出はサンクコストと呼ばれる。ArkesとBlumerによる1985年の研究は、金銭や努力、時間を投じたあと、その投資が本来は今の判断に関わらないにもかかわらず、取り組みを続けやすくなる傾向を、サンクコスト効果として論じた。

原著では、その背景として、損失を避けたい気持ちや、無駄だったと見せたくない心理が挙げられている。終わりにすることが、これまでを無駄と認めるように感じられるとき、過去を正当化したい気持ちが、継続の側へそっと手を添える。損を嫌う心の傾きについては、以前「損」という一文字が日々の判断を傾ける仕組みとして書いたこともある。

もっとも、長く続く関係のすべてを、過去を惜しむ心だけで説明できるわけではない。恋愛関係のコミットメントを扱った202研究のメタ分析では、関係を続けようとする気持ちは、投資の大きさだけでなく、満足度や、ほかに選べる道の質とも結びついていた。今の満足、共有してきた暮らし、選べる道の少なさ。続ける理由は一つではない。また、先の恋愛の研究は想定された場面への判断を尋ねたもので、実際のカップルの交際期間や別れを数えたものではない。

二枚の紙

英国のBehavioural Insights Teamによる行動バイアスのレビューは、判断の際に過去の支出ではなく、今から先の費用と便益を比べること、そこに第三者の視点を加えることを挙げている。限定という言葉に弱く、使わない万年筆を五本持つ私には、他人事の話とも思えない。

これまでの年月をいったん秤から降ろし、明日からの負担、得られるもの、変わる見込み、ほかの道を、それぞれ別の行に書き分けてみる。そのとき秤に残っているのは、いったい何だろうか。

窓の外が白みはじめ、虫の声がひとつ、またひとつと遠のいていく。机の上には、まだ何も書かれていない紙が二枚、少しずれて重なっている。